不妊治療と女性のキャリアの両立②:企業人事が持つべき全体視点とは

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菅内閣が重要政策として掲げたため、にわかに大きな動きを見せ始めた不妊治療の保険適用。私の周りでも、「社員の不妊治療に対応したい」という企業人事からの相談が増えてきています。いつから不妊治療の保険適用が始まるのか気になる方も多いことでしょう。

また、不妊治療の保険適用に伴い、新しいニュースも飛び込んできました。※ここから記載することは、保険適用・助成金拡大の議論がどのようになされているか、という事を報道ベースでお伝えするものです。政策の決定ではありませんのでご注意ください。今後の議論の中で変化していくことも想定されますので、最新の決定事項についてはご自身の責任で確認をお願いいたします。

不妊治療と仕事の両立支援へ 内閣府・厚労省が年内に中間まとめ
休暇取得などの働き方支援や不妊治療への理解を促す方策を議論するほか、治療や支援制度に関する情報提供、相談態勢の整備も検討し、年内に中間報告をまとめる。政権が目指す不妊治療の保険適用を念頭に「経済的負担と(治療を受けやすい)環境、制度は車の両輪」と強調した。(SankeiBizより抜粋加工)

先日の記事「不妊治療と女性のキャリアの両立:保険適用で企業人事が想定しておくべき課題と影響とは」でお伝えした通り、今後はますます不妊治療中の社員が増加してくることでしょう。

多くの産婦人科医と連携しながら女性のキャリア×女性の健康を推進するキャリアコンサルタント、一般社団法人リプロキャリアの平陽子が、不妊治療と社員の活躍という2つの視点で、企業人事にできることを中心に解説をしていきます。

企業人事にできること① まずは制度の拡充

あまり多くはありませんが、大手企業を中心にして不妊治療に関する制度を充実させている企業があります。現状では下記の様な制度が主流となっています。

1)不妊治療に関する特別休暇の付与

年間数日間、通常の有休とは別に取得することが可能です。女性不妊だけでなく、男性不妊も増えてくる中で、男女ともに取得できる企業も出てきました。また、積立休暇の一部を不妊治療休暇に当てる事が出来る企業もあります。

2)不妊治療に関わる休職制度

1年間など期限を決め、高度生殖医療に専念する社員の休職を認める制度です。社員からは安心して不妊治療に専念できるという声が上がる一方、休職→妊娠→産休・育休を取得した場合のキャリア形成に課題が出てきます。また、私の周りでは、休暇を取得しても妊娠できずに燃え尽きて退職したケースも聞いています。

3)フレックス・テレワークなどの働き方支援

全ての社員の働きやすさにもつながり、その導入のしやすさと効果の高さが最大のメリットです。高度生殖医療中の「注射だけ打ちに行く」などの時にも気軽に利用することが出来、社員の心理的負担の軽減に大きな役割を持ちます。

企業人事にできること② つぎに、風土の醸成

折角制度を導入しても、管理職の理解がない・制度を利用できる風土がなければ意味はありません。特に管理職の理解については、

  1. 無理解から酷い言葉を投げつけてしまう
  2. セクハラが怖く、対応に悩んで社員の悩みから目をそらす
  3. とにかく優しすぎて、ケアだけに偏りがちになってしまう。(正しく適切な仕事の要望が出来ない)

この3つのパターンに分かれることが多いです。私の個人的な感覚としては、最近は2や3になってしまう「優しすぎるだけで何もしない・見せかけだけ理解のある管理職」が増えている印象です。でもそれは本当に風土の醸成に良い事なのでしょうか?個人的には、「ただ単に制度を利用しやすいだけ」では風土の醸成としてはファーストステップを踏んだだけに過ぎないのではないかと感じています。

制度を活用するだけでなく、きちんと上司が仕事に対する期待と信頼を寄せる事。部下が制度をストレスなく利用しながらも、きちんと仕事からも充実感を得られること。その両輪があって初めて風土の醸成であると考えています。

企業人事にできること③ 抑えておくべき知識を現場へ

現場に理解を得ることも必要な視点の一つですので、「管理職」と「部下」それぞれが抑えておくべき知識についてお伝えします。

1)管理職が抑えておくべき知識とは

上司に必要な知識は、不妊治療の詳細なイロハや着床妊娠の仕組みを子宮の絵を用いて詳細に説明することではありません。

まずは、部下がどのような心境に陥りがちやすいのかを理解する事。その上で、部下から不妊治療に関する相談があった際に、管理職としてどのように対応するべきか・きちんと支援に繋げられているか・きちんと部下の活躍「も」同時に考えられているか、その勘所を知ることではないかと考えています。

2)部下が抑えておくべき知識とは

まずは不妊治療を行うにあたり想定される仕事の支障はどの様なものがあるのか、棚卸が必要でしょう。効率化出来るものは効率化し、チームワークが必要なものは上司や同僚を含めて、チームワークの在り方を再考する必要があります。

不妊治療を会社に伝えたくないと考える人も多いかと思いますが、今後、社会全体が不妊治療と仕事の両立について考える世の中になってきます。既に信頼関係が出来ている上司であれば、上司を信頼して伝えるのも一つの手です。

不妊治療を会社に伝えることが出来ない環境であれば、気持ちを抱え込まずに相談できる先を確保する事が大切です。一歩会社の外に出ると、患者会やSNSなど自分の悩みを相談できる先は沢山あります。私は以前、不妊ではありませんが婦人科系疾患の患者会の運営の手伝いをしていました。「誰にも相談できずに思いつめていた。同じ仲間がいるだけで心が軽くなった」と涙を流しながら話す女性の本当に多かったことを思い出します。

不妊治療は始まってしまうと、どうすることもできない綱渡りが始まります。まずは、外に目を向けて気持ちを共有できる先を提供できるようになるといいでしょう。

また、最近は不妊治療などの女性特有の悩みに詳しい産業医や保健師も多くなっています。もし可能であれば、自社の産業医や保健師との連携を促すことも有効な手段です。

おわりに 不妊治療支援と同じくらい重要なことは、不妊で苦しむ社員を減らす事

ご存じですか?婦人科に通い、若いうちから適切な治療を受ける事で不妊で苦しむ社員が減る可能性があることを。

例えば、原因不明の不妊で苦しむ人の半数から見つかると言われている子宮内膜症。進行性の疾患で、放置しておくとどんどん不妊が進んでいく可能性があります。子宮内膜症は3大婦人科系良性疾患の一つといわれており10名に一人が抱えているといわれていますが、婦人科で適切な治療を受ける事で、内膜症由来の不妊リスクを最小限に押さえる事が可能です。

その他にも、適切な治療や、適切な生殖知識を持つことで回避できる不妊はあります。

勿論、若くても・治療をしていても、不妊に苦しむ人はいます。一方で、きちんとした知識を得る機会を与えられなかったが故に突然目の前に不妊を突き付けられてしまう人もいます。これが今の日本の現実です。

私達は、この「きちんとした知識を得る機会を与えられなかったが故に突然目の前に不妊を突き付けられてしまう人」であれば、救う事が出来るのではないでしょうか。最近では、この重要性に気づく企業が、女性活躍推進研修などのキャリア研修で生殖や不妊に関する時間を持つようになってきています。

社内で不妊に苦しむ人を減らす事、そして不妊になった人には制度・風土・知識の3点セットで支援する事。これが、人事が不妊治療中の社員の支援において持っておくべき全体視点です。


筆者紹介:

一般社団法人リプロキャリア 代表理事/キャリアコンサルタント 平陽子

人生の充実の為には「キャリアと女性の健康の両立」や「ライフプランと女性の健康の両立」が必要不可欠だという信念から、リプロキャリアを創業。多くの産婦人科医師とのネットワークと自身のキャリアコンサルタントとしての知見をもとに、研修・セミナーを実施。得意領域は不妊治療とキャリアの両立など、女性活躍推進・ダイバーシティ×女性の健康やライフプランに関する研修・セミナー。

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